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2009年4月川越城 霧吹きの井戸 [川越観光]

2009年6月撮影。川越城、霧吹きの井戸。
2009年4月霧吹きの井戸2.jpg
川越城七不思議のひとつ。

「霧吹きの井戸」は、川越城のセキュリティシステム。城が敵に攻められた時、井戸のフタを開けることによって発動させる。
するとあっという間に霧がたちこめ、敵は城が見えなくなってしまうという。

伝説の井戸。
2009年4月霧吹きの井戸1.jpg
…これが本物だと信じていた時期が、私にもなんとやら。

「川越城の東北のすみ、現在は農業センターになっている、その前に、石で囲いのしてある井戸がある。これが、むかしから語り伝えられている霧吹きの井戸である。」
著者:新井博「川越の民話と伝説」より。

市立博物館前「霧吹きの井戸」の説明。
2009年4月霧吹きの井戸説明.jpg
書いてあるのは伝説の概要のみ。
最近のガイドブックにも、井戸の場所が以前と違うだなんて全然書いてない。

しかし1993年発行「川越見て歩き」にはこんな記述が。
「現在の霧吹きの井戸は、二の丸跡の発掘調査でたくさんの井戸が見つかったことから、この場所に復元されたもの。」

博物館東側には、2000年の地図にはない道路がある。
旧「霧吹きの井戸」は、どうやらこの下敷きになっちゃったらしい。


霧を吹く井戸だから「霧吹きの井戸」と呼ぶ。だが霧を吐くのは井戸ではなくて怪物という話もある。
編著:韮塚一三郎「埼玉県伝説集成」によると、霧を吐くのは三芳野天神下の外濠に住んでいる「ヤナ」という怪物。川越城ピンチの折にはそいつが霧を吹いて、助けてくれるのだという。

さらに同書にはこうある。
「霧吹きの井は旧位置から移され、現在は初雁球場の北隣、市農業センター内の一画にある。されば新しいものである。」
「郷土研究資料」には、井戸の場所は「川越城内の蓮池御門の東南の方にある」と書かれている、とも。

つまり、前の井戸もオリジナルじゃなかったと。


「川越案内」という、明治41年に出版された本が、国会図書館のデジタルライブラリーで読める。
それには、霧吹きの井戸についてはこう書いてある。
「郭町☆新曲輪ニアリ今民有地ニ属ス口碑に傳フ石蓋ヲナシ之ニ土ヲ覆ヘリト」
☆は漢字一字。文字が潰れて判別つかず。

読めない部分はここ。
,2009年6月10日霧吹ノ井の記述.jpg
文字を大きくしても、辞書で調べても判らなかったが、「蓮池御門の東南」ならば帯曲輪ではないだろうか。

右側、南北に細長い曲輪が帯曲輪。
川越城図帯曲輪付近.jpg
川越城本丸御殿保存修理工事、仮囲いのグラフィックシートより。

初代?「霧吹きの井戸」って、もしかして初雁球場の下敷きになっちゃったんだろうか。


最近「霧吹きの井戸」は、いつ行ってもフタが開いている。
2009年4月霧吹きの井戸4.jpg

中。
2009年4月霧吹きの井戸5.jpg
どんなに調べても、中を見ちゃっても、ファンタジーはファンタジーのまま。

オリジナルじゃなくたって、伝説の価値は減らない。
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